アルコール依存症当事者で、心理カウンセラーの前田と申します。
21年前に連続飲酒からアルコール病棟入院に至り、入院中からアルコール依存症当事者の自助グループにつながったおかげで、今日まで21年ちょっとお酒は止まっています。
大学卒業後から勤めていた出版社に、入院後も10年ちょっと勤務した後、断酒後出てきた問題でお世話になったインサイトカウンセリングの大嶋信頼先生の勧めもあって、2012年より高円寺に心理相談室サウダージを開設しました。
大嶋先生の開発した心理セラピー「FAP療法」の上級資格はカウンセラーになる前に既に取得していましたし、先生のご指導も今に至るまで受けています。また、カウンセラーになる前に勤務していた出版社で行っていた一般向けの精神医学書・心理学書などの編集を行う過程で、独学ですが、精神医学や心理療法の基本は学びました。
ただ、カウンセラーになって実際にいろいろなご相談を受けていくと、そういったいわゆる心理カウンセリングの知識やセラピー技法などと同じぐらい、ある意味それ以上に、自助グループの中で、私が自分自身の回復のために踏んできたことが、カウンセリングの中でも非常に役に立つことがよくわかってきました。それは、依存症のご相談だけに限らず、さまざまな問題からの回復の基礎になるものでした。
その基礎になるものというのは「無力」です。
ご存知のように「無力」はAAはじめ多くの自助グループが使っている回復の12ステップの第1ステップです。
AAでは「私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなったことを認めた」ですね。断酒会では、「断酒の誓い:私たちは酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけではどうにもならなかったことを認めます」です。
他の依存症やその他の問題にも、この第1ステップは応用されています。例えば、ギャンブル依存症の自助グループGAでは「私たちはギャンブルに対し無力であり…」となり、機能不全家族で育った人のグループACODAでは、「われわれは機能不全家庭の影響に対して無力であり…」と、アルコールという部分が他の問題に変わるだけです。
ただ、「無力」と言われても、初めて聞いた人にはなんだかわからないでしょう。私もまだひどい飲み方ばかりしていた頃、初めて「無力」と聞いた時には、「今でも酒の飲み方が相当おかしいのに、無力なんて考えたらますますおかしくなっちゃうじゃないか?」と感じたものでした。
「無力」の意味がいくらかわかってきたのは、連続飲酒に陥ってひどい状態になり、アルコール病棟に入院するしかなくなって、自助グループに通うようになってからでした。
自助グループにつながって、そこで酒をやめ続けているひとたちからアドバイスされたことは、
「酒をやめる気があるなら、毎日飲んでいた酒をやめるのだから、とにかく毎日グループに参加すること」
「飲みたい気持ちが出ているなら、正直に飲みたいとグループで語り、もし飲んでしまったら、その時こそグループに来てそれを正直に話すこと」
「あとは何も努力する必要はない。それだけで勝手に酒は止まる」
ということでした。
そんなことを言われても半信半疑でした。しかし、私は自力で飲み方を何とかしようとしてことごとく失敗してきて、とうとう連続飲酒で死にかけたわけです。それに比べて、他の自助グループのメンバーたちは、かつては私と同じぐらいずいぶんひどい酒飲みだったようなのに、今は酒をやめられているようなのですから、万策尽きていた私には、このアドバイスにとりあえず従うしか選択肢が残っていませんでした。
半ばしかたなく他のメンバーのアドバイス通り、毎日自助グループに通いました。最初のうちは、ただ毎日「今日も飲みたくなっている」「今日も飲酒欲求に悩まされている」と話し続けていただけでした。しかし、毎日なんとか飲ますに自助グループにたどり着いて、飲みたい飲みたいと語っているうちに、グループの帰り道では飲みたくなくなっている自分に気づき始めたのです。
そして、数か月そんなことを続けているうちに、毎日毎日飲まずにいられなかった自分の中から、飲酒欲求が出てくることがほとんどなくなってきていることに気づいたのです。
自分の飲酒問題が自分の力ではどうにもならなくなったことは、連続飲酒で死にかけて認めるしかなくなっていました。そして、自分の力で酒をやめようとは考えなくなり、とにかく自助グループに参加し続け、正直に自力では酒が止められそうにないと語り続けたことが、結果的に「アルコールに対する無力を認め」始めたことになったのでしょう。
それから10年以上酒が止まり続けてくれて、カウンセラーになってご相談を受ける立場になってみると、クライアントさん(ご相談者さん)にも「無力」を知っていただくことが非常に大切だとわかってきました。依存症のご相談はもちろんですが、その他の問題からの回復にも「無力」がとても大事なのです。
自分の問題から回復しようという気持ちは、なければ回復できません。しかし、回復の方法を自分の頭で考えて、意思の力や我慢や努力だけでなんとかしようとすれば、かえってうまくいかなくなります。たとえば鬱の人は、さんざん努力して頑張ってきた結果、鬱状態に陥ってしまったのですから、それ以上頑張っても良くなりません。不眠に悩んでいる人がなんとか眠ろうとあせればあせるほど、眠れなくなります。
では、どうすればいいのか?
これには、骨折の治り方がヒントになります。骨折の治療で医師がすることは、折れた骨が元通りにくっつきやすいようにギプスで固めるだけです。骨をくっつけて治してくれるのは、骨折した人自身の持っている自然治癒力です。これは意識して起動するものではありません。ただ、この自然治癒力が働きやすいように、体の力がそこに集中するようにします。栄養をしっかり取って休養する方が、ずっと治りが早いですよね。
ですから、心理的な問題でも、意識的に自力で問題を正面から解決しようとするのではなく、我々カウンセラーなどはクライアントさんの無意識の力、自然治癒力が起動しやすくなる状況作りを考えています。
依存症からの回復は、言いっぱなし・聞きっぱなしの自助グループに参加を続けることで進みます。そこでは、こうしたら治るというような指導はありません。ただ、他の参加者の話を聞いているうちに、自分ひとりで頑張って考えていても気づけなかった回復への方向が、自然に見えてきます。
うちのカウンセリングの中でも、ご相談された問題にすぐに解決方法を出すことはあまりありません。
むしろ、問題から浮かぶイメージなどを利用して、無意識に気づいてもらったり、自分の問題を考えると出てくる無意識の表現である身体症状を利用したセラピーを行ったりしています。
最近話題になっているオープン・ダイアローグという療法を、うちでも始めました。この技法の中では、複数の治療者側が、わざと相談された問題を直接扱わないような会話をして、特に結論らしいものも出さずに終わってしまいます。でも、クライアントさんはなんだか楽しそうですし、治療者側も楽しんでセッションができます。そして、次のセッションの時には、今までなかなか変化が起きなかったその人の問題に改善が見られたりすることが多いのです。
クライアントさんも自分ひとりで自力で問題を解決しようとすると、ぐるぐる思考に陥り問題が動かなくなります。また、カウンセラー側も、治してやろうという自分の力への謙虚さを失った態度でいると、自分の考えた方法だけに固執してしまい、そこから問題の改善が止まってしまいます。クライアントさんの無意識・自然治癒力を起動させるには、クライアントさんだけでなく、カウンセラー側も「無力」である必要があるのです。
そういう意味で、私は自助グループで回復を続けている当事者でもあるわけで、カウンセラーとして必要な「無力」にも多少はアクセスしやすくなっているのかもしれません。
というわけで、最後は宣伝になってしまいますが、当相談室のカウンセリングを一度お試しになってみてください。コロナ禍なので、電話やオンライン・カウンセリングももちろん行っていますし、従来の対面カウンセリングも感染対策をしながら行っています。よろしくお願いいたします。
☆心理相談室サウダージ:高円寺駅から徒歩4分。03―5364―9082。
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